ここではアメリカン・フォークとブリティシュッ・フォーク系のギタリスト系以外のお気に入りミュージシャンを載せていますが、前ページも含めて僕が書いているのは評論等ではなくてあくまでも僕の個人的な思いと感じた事をそのまま載せていますので、各ミュージシャンの評価ではありません。あと、代表曲やアルバム、経歴その他はネット上で調べて下さい。 | ||
<PETER,PAUL & MARY/ピーター、ポール&マリー>☆1960年代〜1970年代のフォーク・ブームの時代、日本の多くのフォーク・グループはプロ、アマ問わずPPMの影響を受けていたと思います。あの完璧な3人のハーモニーはグループで演奏する者にとって理想的なお手本で、また彼らの歌う選曲のセンスの良さもそれまで聴いたことのなかった多くのフォーク・ソングを知る勉強にもなりました。70年代後半から来日公演も多いのですが、近年はポールさんことNOEL PAUL STOOKEY(ノエル・ポール・ストゥーキー)さんが例の北朝鮮によって拉致された“横山めぐみ”へ贈る「Song For Megumi」をめぐみさんのご両親に聴かせるために来日しました。☆このグループの有名な曲は「パフ」「悲惨な戦争」「ドナドナ」「悲しみのジェット・プレイン」など多数。 |
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<BROTHERS FOUR/ブラザース・フォア>☆この4人組男性グループも、やはり当時男が4人が揃えば彼らのレパートリーをコピーした大変人気の高かったフォーク・グループで、先のPPMと同様にやはりそのハーモーニーは美しくファンも大変多かったグループ。僕が生まれて初めて洋楽のフォーク・ソングを聴いたのがこのグループで「遥かなるアラモ」「ぐりーんスリーヴス」「グリーンフィーリズ」「七つの水仙」等をよく聴き込んだのを覚えています。今も活動はしているのですが、残念ながらメンバーが大幅に替わっているのでファンとしては別物かと思っています。 |
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<KINGSTON TRIO/キングストン・トリオ>☆ギター2人、バンジョーの男性3人組みのグループで、ここが一番好きかな、と言う人も多いPPM、ブラフォーとアメリカン・フォーク・グループ御三家の“キントン”ことキングストン・トリオ。ただ当時はこのグループの曲をするにはバンジョーが弾けるメンバーも必要だったのでコピーしている人は上の2グループよりは少し少なかったかもわかりません。さて、代表曲は「トム・ドゥリー」等。とにかく当時はこの“キントン”“ブラフォー”“PPM”のレパートリーはまず自分達のレパートリーの中心であったはずです。僕も当時は唄っていたし今でも彼らの曲は数曲覚えています。高校生の時には英語の試験で長文が出題されたのですが、彼らの曲を一曲丸ごと書いたら100点もらえました。 |
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<JOAN BAEZ/ジョーン・バエズ>☆“フォークの女王”ジョーン・バエズで“フォークの貴公子”と一時呼ばれていたのはボブ・ディランでした。このジョーン・バエズは現在もアメリカでは日本で言うところの“美空ひばり”さんに良く似たスタンスかもわかりません。彼女は若い頃にギター1本で身を立てようと、大型の黒のリムジン、それも霊柩車、を運転してアメリカ各地をひとりでギターを持って旅しています。しかもその黒塗りのリムジンの側面に自らペンキで自分の名前を描いて。もちろん目立つためで、育った家庭もこんな車(例え霊柩車であっても…いや霊柩車は普通の車より高額仕様です)を持ち、またギターもマーチンSタイプの45を持っていたのですから裕福ではあったようです。でもお金があるだけではもちろんプロにはなれるはずがありません。彼女は根から本当にフォーク・ソングを愛しアメリカ中を霊柩車で旅したのもただ名前を売るためでなく、各地に存在する“フォーク・ソング”の採集と研究を行っていました。アメリカで歌われているフォーク・ソングはもともと歴史の浅いアメリカ合衆国には生まれていなく、その昔この地に移民で海を渡って来たアイルランド、ウエールズ等ブリティッシュ圏の人達が残して歌い継がれているフォーク・ソングを積極的に唄っています。とくにアメリカのアパラチア山脈一帯はフォーク・ソングの宝庫で、本国の英国、アイルランドなどで忘れられている様々な“唄”も残っています。 |
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…と言う事で次は再びブリティッシュ・フォークの非ギタリスト系のミュージシャンです。 | ||
<Fairport Convention/フェアポート・コンベーションョーン・>☆僕の好きな究極のフォーク・グループ“ペンタングル”と同じくブリティッシュ・フォークのグループですが、音楽的には全く異なるグループです。ベースはエレクトリックを使いギターもポップス的な音使いでブルースやジャズ的な要素の演奏は皆無です。しかし一般的な人気は大きくやはりペンタングルに比べて誰でも聴きやすく、楽器中心のインスト曲よりはブリティッシュ・トラッド等の“唄”が中心のグループでアメリカにも多くのファンがいます。ただしこのグループはやはりブリティッシュ・フォークの真髄的な選曲が多く、日本のトラッド・ファンにも非常に人気が高く、女性ボーカルのSandy Dennyはソロでも活動しています。 |
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<Shirley Collins/シャーリー・コリンズ>☆我が究極の(こればっかしですが)ギタリス、デイヴィ・グレアムとのデュオで数枚のアルバムも出している実力派の英国を代表するブリティッシュ・トラッド・シンガーであり先駆者的な人物。このように自国の何百年の古から歌い継がれているトラッド…伝統的な古い曲を途絶えさせずに今尚英国やアイルランド、ウエールズ、スコットランドのブリティッシュ圏で聴け、また人気が衰えないのはこういった人の功績だと思います。彼女がいなければエンヤなんかも存在しない、はず、と言い切ってもよいと思います。ただこういった人の歌い方は馴染めないのかアメリカなどではそれほどの知名度がないようです。先のエンヤがうける理由はやはり同じトラッド系の歌でもポップス的にアレンジを施しているからで、トラッド・ファンからみれば“アメリカで売れているブリティッシュ・トラッド”はポップスに聴こえます。 |
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<Anne Briggs/アン・ブリッグス>☆ブリティッシュ・フォーク界の“歌姫”や“妖精”と呼ばれ半ば伝説的…知る人ぞ知るアン・ブリッグス。活動期間が非常に短くレコード等のアルバムも2枚(?)程しか残していないのですが、その可憐な容姿からもいまだに彼女のファンは多く、彼女の弾語りで聴けるギターの演奏も実力があります。このアンは僕の好きなバート・ヤンシュとも交流があり一緒にステージに立って、バートのギターでアンが唄う…が聴けた時期があったようです。残念ながら2人の共演した音源は今のところ発見されていないのですがバートとジョンのふたりだけのアルバム『Bert&John』とペンタングルでも聴ける『The Time Has Came』は彼女の書いたオリジナル・ソングでこの曲でバートの弾くギター奏法も彼女の演奏を伝授されています。 |
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<Martin Carthy/マーティン・カーシィ>☆とにかくこの人の評価が低すぎる!と声を大にする人は多いはず。ブリティッシュ・フォーク・シンガー/ギタリストであるだけでなく、すでに忘れられているトラッドの発掘と研究も長年続けており、まだデビューして無名の頃のポール・サイモンが海を渡って英国に修行に来た際には生活の面倒と数々のブリティッシュ・トラッドやギターのテクニックを教えた人です。この時にマーティンはポール・サイモンにディヴィ・グラハムの名曲インストの『アンジー』と『スカボロ・フェア』も伝授しました。この世界的に有名な『スカボロ・フェア』は数種類のバージョンが存在しており、歌詞の内容は言わば「魔物と人間との命を懸けた問答バトル」で、マーティン・カーシィの長年の研究でメロディなどを蘇らせた英国のトラッドで「妖精と騎士」としても有名です。ただ残念な事にはP・サイモンがアメリカへ帰国した際にこの曲を「作詞アート・ガーファンクル、作曲ポール・サイモン」として登録してしまった事。これで誰もが自由に歌ってもいい曲がP・サイモンに著作権が発生してしまいました。 |
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